Akram Khan’s Giselle / English National Ballet

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振付:アクラム・カーン
出演:タマラ・ロホ、ジェームズ・ストリーター、ジェフリー・シリオ 他
収録:2017年10月25,28日 リバプール・エンパイア劇場 / 100分

録画

大変な話題を呼んだアクラム・カーン版「ジゼル」がNHKプレミアムシアターで放映されました。最近のプレミアムシアターのラインナップ、最強すぎてプロデューサー様に貢物をたんまりお贈りしたいくらいです。本当にありがとうございます。


クレジット

振付・演出
アクラム・カーン Akram Khan
音楽
アドルフ・アダン Adam
編曲
ヴィンチェンツォ・ラマーニャ Vincenzo Lamagna
オーケストレーション
ガヴィン・サザーランド Gavin Sutherland
舞台美術・衣装
ティム・イップ Tim Yip
照明
マーク・ヘンダーソン Mark Henderson
ドラマトゥルク
ルース・リトル Ruth Little
指揮
ガヴィン・サザーランド Gavin Sutherland
演奏
イングリッシュ・ナショナル・バレエ管弦楽団 English National Ballet Philharmonic
撮影
ロス・マクギボン Ross MacGibbon

キャスト

ジゼル:タマラ・ロホ Tamara Rojo
アルブレヒト(ジゼルの恋人):ジェームズ・ストリーター James Streeter
ヒラリオン(ジゼルに想いを寄せる若者):ジェフリー・シリオ Jeffrey Cirio
ミルタ(亡霊の女王):スティナ・クァジバー Stina Quagebeur
バチルド(アルブレヒトの婚約者):ベゴーニャ・カオ Begona Cao
地主(バチルドの父):ファビアン・ライマー Fabian Reimair

感想

アクラム・カーン版のジゼルの舞台は高い石の壁で囲まれた衣料工場で、ジゼルやヒラリオンはそこで働く移民、地主の娘バチルドと婚約中のアルブレヒトは彼らから搾取する側の人間となっています。物語の大枠は古典(のジゼル)を踏襲しているけれど、アクラム・カーンが今この作品を手がけることの意味がしっかり形になっていて、階層間格差やディスコミュニケーションなどの本質的な問題と、怒り、妬み、愛情、嘆き、諦め、赦し…などの感情とが共に織り込まれた、ズシンと重く、そして恐ろしくも美しい作品になっていました。わかりやすさと「でも、あそこはどうなんだろう?」って見終わったあと考えてしまう余韻とのバランスが絶妙。アクラム・カーンのジゼルを見ることで、原典についてもまた、気づかなかった意味合いに気付かされたように思います。

アクラムの振付は1幕はバレエシューズ、2幕のウィリはポワントで踊られます。アクラムらしい旋回や低い姿勢、激しい腕の動きもあり、自分の体から糸を手繰るようなジゼルの指の動きは、アジアの舞踊的であると同時に針を持った指の動きにも見え、衣料工場という設定にも生かされていることにおびっくり。2幕ではウィリ=ポワントということでミルタがジゼルをポワント立ちさせていくところが象徴的でもありました。ミルタ役のスティナ・クァジバーが素晴らしかった。村人が十字になって踊るところや2幕のウィリたちのアラベスクなど原典の引用があるのも良かったです。

アダンの原曲を所々に用いたヴィンチェンツォ・ラマーニャによる音楽は特に印象的でした。ティム・イップの美術はまず何と言っても背後の(無数の手の跡がついた)石の壁。それがはねあげるように水平軸で回転することでドラマティックかつはっきりと境界を示すのに驚かされます。この装置はカーン版ジゼルの象徴だなあ。日本の劇場でも使えるのかな。ぜひ持ってきてほしいです。


ロホのジゼルは移民たちの中でひときわ生命力に溢れたリーダーのようにも見えるし、他の誰よりも遠い地平を見つめているようにも見えます。その意味で、原点のジゼルと同様コミュニティの中では異質の存在であったかと。ジゼルのお腹の中にはアルブレヒトの子が宿っているという設定で、子宮のあたりをそっと押さえたり、そこを突くことでジゼルやミルタのエネルギーが変わったり…あるいは、丹田のあたりと言えなくもない、のかな。

アルブレヒトは優しく、そして弱い人。ストリーターがその弱さ、情けなさをとてもよく表現していました。結局ジゼルを失い、元いた世界にも戻れず一人壁の内側に残されるアルブレヒト…。そしてジェフリー・シリオ。いやーすごかった。あのいけ好かないキャラクターといい、エネルギー溢れるダンスといい。原典もヒラリオンがよくないと魅力が半減するけど、この作品ではもっと大きな鍵になっていますね。この時はゲストだったシリオが18-19シーズンからENBに移籍することになったのも、こういったレパートリーゆえなのでしょう。

キャストによって見えてくるものも違いそうで、例えば、古典のジゼルでもいつも新たな地平を見せてくれるコジョカルがこの役をどう踊るのかも、とても興味があります。