- 2008/06/12 14:00|
- Category: 男性ダンサーのドキュメンタリー|

出演:ルドルフ・ヌレエフ 、アラ・オシペンコ 他
製作:2006年 / 44分
http://www.umpstudio.com/ru/projects/documentary/show/id/29
録画
コメント
シアテレで録画。『ロシア・バレエの伝説』という4回シリーズの第3回はルドルフ・ヌレエフ。亡命後の話が主で、自由奔放な生活をエイズによる死で償った、という話でした。ダンサーとしての生活は西側での方が圧倒的に長かったので、本人がソ連時代に苦労したという話はほとんどなかったような。
クレジット
コメント出演:アラ・オシペンコ、ニネリ・クルガプキナ、ワレンチン・ゾーリン(政治評論家)、マイヤ・プリセツカヤ、ウラジーミル・レン(友人)、ニキータ・ドルグーシン、アンドリス・リエパ、ミシェル・カネジ(皮膚病・性病学者)
感想
バレエ・ダンサーとしては初めて旧ソ連から西側へ亡命したルドルフ・ヌレエフ。このドキュメンタリーシリーズは旧ソ連に運命を翻弄されたダンサーを取り上げているようですが、ヌレエフに関しては職業ダンサーとなってから比較的早い時期に亡命してしまったので、ソ連内での辛かった話などは出てきません。
彼の亡命によってソ連に残された家族が味わった不遇や、ヌレエフ自身にKGBの尾行がついて西側での生活を妨害された話も出てはくるのですが、西側でのバレエキャリアの話には触れる程度で、『愛と金と名声を貪欲にむさぼったが為に、大きな”負債”を返済しなければならなかった』というのが主旨になっていたようです。
フォンティンとの事は別のドキュメンタリーや書籍などでも触れられていますが、エリック・ブルーンとの長い関係については知りませんでした。ヌレエフの伝記(パーシヴァルの)は読んだけど、あれはヌレエフ存命中のものだったから、ブルーンとの関係も「深い友情」と「バレエの指導」としか触れていなかった気がするし。
このドキュメンタリーで評価したいのは、キーロフで同僚だったアラ・オシペンコやニネリ・クルガプキナのインタビューがある事でしょうか。オシペンコはヌレエフとパートナーを組んでいた為に、彼の亡命後10年間海外に出る事が出来なかったとか。キーロフやボリショイのロンドン公演をヌレエフがこっそり見にきた時の、オシペンコ、クルガプキナ、プリセツカヤがそれぞれに語るエピソード。彼女たちがみな一様に、とても懐かしく愛おしそうな表情でその話をしていたのが印象に残ります。
ヌレエフのお母さんの容態が悪くなった時、ヌレエフはソ連政府から特別に許可をもらって48時間だけ祖国に戻ったそうですね。これ、西側では大々的に報じられたそうですが、ソ連では全く誰も知らなかったとアンドリス・リエパが言っていました。当時はヌレエフはその存在を抹殺されていたから、と。
このドキュメンタリーに使われた映像としては、ヌレエフが学生時代にコンクールで踊った「海賊」と西側でフォンティンと踊った「海賊」など、映画「アイ・アム・ア・ダンサー」のものが多く引用されていたようです。他にも初見の映像もいくつかありました。
彼以後に亡命したダンサーとしてマカロワ、バリシニコフ、ゴドゥノフの名前も出てきましたが、なぜかマラーホフの写真も1枚登場。あれは一体なんだったのかしら?
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